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電気街、メイド喫茶、アニメの聖地「秋葉原」は東京のどこに位置する?その実態に迫る!

秋葉原駅
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初めまして!しょうたいむと申します。

秋葉原といえば、電気街、メイド喫茶、アニメの聖地と言われ、日本人をはじめ外国人にも人気のスポットとなっていますよね。

また、美味しいご飯屋さんがあったり、鉄道の聖地でもあった万世橋や、神田川沿いの景色。秋葉原といってもいろんな顔があります。

マニアの方にとって刺激のある場所「秋葉原」ですが、皆さんは所在地がどこになるか気になったことはありませんでしょうか?

今回は、秋葉原の所在地について実態を求め散策してみました!

秋葉原は東京のどこに位置する?

東京の中でたくさんある街のうちの一つに秋葉原があります。


まず、秋葉原駅の所在地から申しますと、『東京都千代田区外神田一丁目』になります。
皆さんが訪れる秋葉原駅周辺の電気街やメイド喫茶、大型ショッピングモールの「ヨドバシカメラ」なども千代田区の「神田」になります。
千代田区といえば、国会議事堂や皇居など日本のトップ層が集まるエリアでもあります。


ですが、当サイト(いろはめぐり)は台東区の紹介をするのに、なぜ千代田区が出てくるの?と思った方はいらっしゃると思います。
実は、『秋葉原』という住所が台東区内にも存在するのです!


実在する本当の秋葉原!千代田区秋葉原駅から、御徒町へ向かっていったところにあります。
台東区秋葉原は、面積はとても小さなエリアなんです。


東西100メートル、南北50メートルの面積ですので、歩いて一周するにはおおよそ10分前後です。
なぜ「秋葉原駅」と、「台東区秋葉原」は住所が異なるのか気になってきました。

歴史をたどってみたいと思います!

当時の秋葉原は、江戸時代から火事がとても多く続いた地域でした。
1869年の明治時代、神田で大火事が発生。


当時の明治天皇が火災に悩まされたため、火除けの神社としてまつる、「鎮火社(ひしづめしゃ)」を誕生させました。
ですので、「秋葉原」という地名ではなく、当時は「鎮火原」と呼ばれていた。


しかし、住民の方からは本来祀られている鎮火社を、火除けの神様の秋葉権現(あきばごんげん)と勘違いして信仰したとのこと。
そこから、火除けの地が秋葉ノ原(あきばのはら)と呼ばれるようになりました。
鎮火社を「アキバ様」とよび、名所が「秋葉」になったというのは意外です。


1890年に貨物専用駅として、秋葉神社は「秋葉原駅」を新設するために鉄道の線路を敷く計画がありました。
その影響をうけ、現在の台東区松が谷に移転しております。


また、「秋葉原駅」が誕生した当時の読み方は「あきはばら」ではなく「あきばのはら」でした。
その後、1907年に「あきはばら」に改名され、現在にいたります!
この時点では、秋葉原という住所が存在していなかったのです。


1964年、下谷区と神田区に分かれていましたが、旧東京市が東京22区に再編することになりました。
それを受け、当時の下谷区と浅草区が「台東区」として生まれ変わることになります。


また、下谷区と神田区の境目にあった「松永町」と「練塀町」。
2つの町は、当時は下谷区と神田区の両方に存在していたために編入する際は、複雑な事情があった模様。
住所表記が必要だったこともあり、2つの町を合併し、現在の「台東区秋葉原」として誕生することになりました。
これによって、駅名や通称の呼び名であった秋葉原が、住所として生まれたわけです。

実際に歩いてみた

では、どんな景色があるのか、実際に探検して確かめてみようと思います。
秋葉原に住む人口ですが、なんと「54人」という数字でした。

どんな場所か気になってきましたので、とある日のお昼をすぎた3時ごろに現地へ向かいました。

台東区ホームページの情報を引用

秋葉原駅一帯の住所は「神田」になります。

ここから、台東区の秋葉原へ目指して歩いて向かいます!

銀座線 末広町駅付近を横断する、蔵前橋通りまで歩いて向かいました。

JR線の高架下付近を歩いていると・・・見つけました!「台東区秋葉原」の掲示板。

蔵前橋通りを境に、住所が秋葉原と上野で分かれます。

こちらは御徒町と秋葉原駅の中間に位置する高架下のショッピングセンター「2k540」です。

蔵前橋通りから見ると上野側に位置するため、住所は「上野五丁目」になっていますね。
「2k540」の中が気になった方は、別の記事でご紹介していますのでぜひご覧になってみてくださいね♪

▼新人ライター、メッシンタがゆく体当たりのめぐり旅in「2k540日本百貨店」秋葉原~御徒町


2k540から見て、秋葉原駅寄りに位置する「台東区秋葉原」には秋葉原練塀公園がありました。

秋葉原が住所として誕生する前に、合併された「練塀町」と「松永町」の名残が、公園の名前として残っているのは歴史を感じますね。
※千代田区神田には、現在も「神田練塀町」「神田松永町」として住所が残っております。


お仕事の休憩中で、くつろいでる方がチラホラ見受けられました。

台東区 秋葉原の住所を見てテンションが上がっている当方ですが、閑静なエリアであることに気付きました。

オフィスビルがあるのかと思えば、一部住宅街となっており、お店は数件のみでした。

蔵前橋通りから、4号線(日光街道)へ向かいつつ、ぐるっと回って散策したトータルの時間は、わずか「10分」でした。
かなり小さなエリアだったことが伺えました。


まとめ

いかがでしたでしょうか?

簡単なご紹介となりましたが、秋葉原や御徒町へ訪れる際には「台東区秋葉原」も訪れてみてはいかがでしょうか?

秋葉原の住所の歴史を知りながら歩いてみると、発見があってワクワクしますよ♪

また、台東区松が谷へ移転した秋葉神社もございますので、ご興味抱いた方はこちらもお忘れなく!



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ライター紹介

しょうたいむ

フリーライター

東京生まれ、東京育ち。東南アジアやアメリカ・カナダへ旅行経験あり。 日本にいた時に気付かなかった発見や、考え方をもとに 台東区の良さや、お役に立てる情報を発信させていただきます。
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