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始まりは1693年江戸時代!生類憐みの令で有名な犬将軍の第5代将軍徳川綱吉が創建に関わりが? 蔵前神社

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やっはろー!

皆さんどうもこんにちは、メッシンタです!

今回は東京のブルックリンと呼ばれ、カフェの町として有名な「蔵前」にある「蔵前神社」を紹介したいと思います。

蔵前神社は東京、江戸にあるということで、徳川家との関わりが非常に大きな神社となっています。

それでは本編へ!




蔵前神社の始まり(徳川家との関わり、徳川綱吉とは)

引用:jinjamemo.com

蔵前神社は1693年(元禄6年)の江戸時代に、京都にある石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)より勧請(かんじょう:神仏の分霊を他の場所に移し、祀ること)し、創建されます。

石清水八幡宮は、鎌倉にある鶴岡八幡宮(つるおかはちまんぐう)と一緒に日本三大八幡宮の1つとされています。

そのような経緯もあり、蔵前神社は当初、正式な神社名は「石清水八幡宮」でした。

しかし一般には、地名にちなんだ「蔵前八幡(くらまえはちまん)」や「東石清水宮(ひがしいわしみずぐう)」と呼ばれ、親しまれていたそうです。

さて、後に「蔵前神社」となる「石清水八幡宮」を蔵前に勧請したのは誰なのか。

それが、江戸幕府第5代将軍徳川綱吉(とくがわつなよし)です。

徳川綱吉と言えば、皆さんは何を思い浮かべられますか?

多くの人は、「生類憐みの令」と答えると思います。

内容は極端な生物の保護で、庶民の生活を圧迫させるものだったと言われています。

生物の保護で一番有名なのが、「犬」です。

徳川綱吉は野犬の収容施設を作り、大切に保護していました。

しかしその行動が行き過ぎた余り、庶民の生活を圧迫させてしまい、反感を買う結果となってしまったのです。

人は徳川綱吉を「犬将軍」と呼び、揶揄(やゆ:からかうこと、皮肉)したそうです。

ここまでがワンセットとして、広く知られている内容だと思います。

確かに「生類憐みの令」を単体の政策として見れば、庶民を苦しめた政策として、失敗だったと結論付けられるかもしれません。

しかし、徳川綱吉が行った政策の全体を通して見ると、一貫性があるように感じられます。

人殺しが当たり前で、それを罪とも思わない戦乱の世、それが戦国時代です。

やがて戦乱の世が終結し、江戸時代となります。

血で血を洗う時代は終わり、平和な世を形成していく時代に変わったのです。

そのため、武力による政治「武断政治(ぶだんせいじ)」ではなく、法などによる政治「文治政治(ぶんちせいじ)」へと転換していきました。

転換期を迎えたのが第3代将軍徳川家光(とくがわいえみつ)と第4代将軍徳川家綱(とくがわいえつな)の将軍交代のタイミングです。

つまり第5代将軍徳川綱吉の父親の代より、政治のやり方が変化していったのです。

そういった背景・影響もあり徳川綱吉は、命を大事にし、血を忌み嫌い、究極的に言えば武士の根幹を揺るがす、戦そのものを忌避しようとしたと考えられるのです。

その政策の一例が先の生類憐みの令であり、また服忌令(ぶっきりょう)に当たるのです。

服忌令の政策内容の名残は現代にも残っており、喪中などが例になります。

現代の死や血への価値観が、この時代に形成されたというわけです。

そう見ると、一概に徳川綱吉の行ったことを否定できませんよね。

長くなってしまいましたが、そんな徳川綱吉が勧請し、創建に携わっているのです。

蔵前神社の歴史

徳川綱吉の勧請により、蔵前神社もとい石清水八幡宮は1693年に創建されます。

1739年に類焼(るいしょう:もらいび)の被害に遭い、一時浅草三嶋町に遷されてしまいます。

しかし、12年後の1751年に元々あった場所である、蔵前へと還ってきました。

1947年(昭和22年)、隣接の稲荷神社と相殿(あいどの:同じ社殿に2柱以上の神を合わせて祀ること)の北野天満宮を合祀し、1951年に「蔵前神社」と改称し、現在に至ります。

その名残で、蔵前神社は御祭神として、誉田別天皇(ほんだわけのすめらみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)、姫大神(ひめのおおかみ)、塩土翁命(しおつちのおきなのみこと)の他に、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と菅原道真公(すがわらみちざねこう)も祀っています。

また、蔵前神社は相撲との関係が深いお寺としても有名です。

寺社の本堂や山門などの造営・修復に要する費用を捻出するために開催される、「勧進大相撲(かんじんおおずもう)」がよく開かれていたそうです。

開かれた相撲の大会の数は、約70年間で23回にも及び、3大拠点の一つとされていました。




まとめ

ここまで見て下さってありがとうございました。

蔵前神社について簡単にまとめさせていただくと、

・「生類憐みの令」を実施した犬将軍として有名な第5代将軍徳川綱吉が創建に携っている

・1693年に「石清水八幡宮」として創建され、1951年に「蔵前神社」と現在の名称に変わった

・江戸時代の頃から勧進大相撲の地として有名で、3大拠点の一つだった

といったところでしょうか。

歴史系の記事を書くたびに思うのですが、やっぱり台東区の寺社仏閣って徳川家との関係があるところが多い印象を受けます。

今回も例に漏れず、徳川家との関係が非常に大きかったですね。

それではここまでホントにありがとうございました。

ジャネバーイ!

蔵前神社
住所:東京都台東区蔵前3-14-11
電話番号:03-3851-0617



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ライター紹介

メッシンタ

めぐり部/フリーライター

年齢/20歳。学歴/現役大学生。趣味/サッカーすることとサッカー観戦。性格/素直。 夢/死ぬまでにイングランドのリバプールに行ってホームスタジアム・アンフィールドで生観戦すること。 後はお金持ちの妻子持ちになること。
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