【展覧会レポート】上野・東京都美術館「この場所の風景―上野・大牟田・ブエノスアイレス」——3つの土地からたどる100年

上野公園の一角に、日本初の公立美術館として東京都美術館が開館してから100年。その100年という時間を、異なる3つの場所の創作活動を通して見つめる展覧会が開催されています。

「この場所の風景―上野・大牟田・ブエノスアイレス」は、東京都美術館を起点に、九州の炭鉱町・大牟田、そして地球の裏側・ブエノスアイレスという、遠く離れた3つの土地で続けられた創作の営みを紹介する展覧会です。今回は、会場の様子とともに、そのみどころをレポートします。

「この場所の風景―上野・大牟田・ブエノスアイレス」とは?——「中央」と「周縁」をのりこえる100年の時間

東京都美術館は、いまから100年前の1926年、日本初の公立美術館として上野公園内に誕生しました(開館時の名称は「東京府美術館」)。本展はこの100年という時間を、上野・大牟田・ブエノスアイレスという3つの土地で続けられてきた創作活動を通して見つめる試みです。

上野という日本近現代美術史の「中心地」と、そこから遠く離れた土地で個人の膨大な熱量によって営まれた創作とを並行してたどることで、「中央/周縁」という枠組みそのものをのりこえ、表現することの根源的な意味を浮かび上がらせていきます。

会場はギャラリーA・B・Cの3室。美術を生み出す人の熱量と制作にかかる長い時間、そしてそれを支える人々の営みが静かに感じられる空間です。「ひとびとの『より良い生活』を支える場所として、美術館に何ができるのか」という問いが、展示全体を通して伝わってくるようでした。

なお、同時開催中の「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱~海を越えた江戸絵画」展のチケットを見せると割引価格の100円(東京都美術館開館100周年記念料金)で鑑賞できます。ぜひあわせて足を運んでみてください。

「この場所の風景―上野・大牟田・ブエノスアイレス」展のみどころ

第一部「上野—東京都美術館の100年」——資料でたどる美術館とまちの記憶

第一部の舞台は、この美術館が建つ上野のまちそのものです。絵画・版画・写真、そして東京都美術館アーカイブズの資料など、多彩な記録を通して、1926年の誕生から戦中・戦後の状況、1975年の新館開館以降の活動までを、同時代の上野の風景とともに概観していきます。

児玉房子が写真で捉えた1970年代の上野公園、奈良原一高が撮った不忍池など、見慣れた場所の「かつて」の姿に出会えるのがこの部の見どころの一つです。美術館の歴史が、そのままこのまちの100年の記憶と重なります。

児玉房子《上野公園(「東京1970-1977」より)》 1977年 東京都写真美術館蔵
奈良原一高《不忍池(「ポケット東京」より)》 1993-1996年 東京都写真美術館蔵

特に印象的なのは、日本の戦後美術史に大きな影響を与えたアンデパンダン展の資料の数々。ここ東京都美術館を舞台に、多くの若き芸術家たちが発表の場を求めて集った熱気を感じられる一方で、公募展としての性格から、子どもたちの活動の記録も展示されています。自由で熱気にあふれる表現の場であると同時に、地域の人々にも開かれた美術館の姿が浮かび上がる、混沌とした不思議な空間です。

第二部「大牟田—江上茂雄の100年」——独学の画家、約400点で東京初公開

3つの土地のなかでも、まとまった作品数で見応えがあるのが第二部です。福岡・大牟田の炭鉱町で生涯のほとんどを過ごした江上茂雄(1912-2014)は、三井三池鉱業所に長く勤めながら、独学・独力で描くことを貫いた画家で、60歳で定年退職してから初めての個展を開いたという遅咲きの人でもありました。

鉛筆・水彩・クレパス・クレヨンといった身近な画材で、自分のそばにある風景と向き合い続け、膨大な作品を残しました。本展では、東京初公開となる木版画や実験的な抽象画、染め紙まで含む約400点が並び、その創作の軌跡を一望できます。ある土地の風景が一人の手で描きとめられていく迫力に圧倒されます。

まず印象的なのは、圧倒的な作品数です。長い時間をかけて身近な風景を切り取ってきたその積み重ねが、何ものにも変えがたい魅力となって迫ってきます。そこに描かれているのは、特別なものではありません。どこにでもある日常の風景です。しかし、ひとつひとつの風景に目を凝らしてみると、誰もが自分の体験と重ね合わせて、その風景を受け取ることができるでしょう。

《海のくもり日Ⅱ》では、水平線の向こう、雲間から薄く太陽の光が差し込んでいます。その柔らかな光に照らされた波が、微妙に色を変えていく様子が描かれています。クレヨンで描かれたとは思えないほど重層的で密度の高い色彩が、私たちの記憶のどこかにある情景を思い出させてくれるのです。

江上茂雄《海のくもり日Ⅱ》1960年頃 クレヨン 個人蔵

人の少ない真昼の公園の静けさ、山道の木々の合間から射し込む木漏れ日の鮮烈さ。そうした、誰の心にもきっとある風景が、見つかるはずです。

江上茂雄 制作年不詳 水彩 個人蔵
江上茂雄『大牟田五十景』より《貯炭場夕焼》 1972年発行 個人蔵

第三部「ブエノスアイレス—《百日草の庭》をめぐる100年」——1枚の絵から始まる移民の物語

第三部は、たった1枚の絵をめぐるミステリーのような展示です。起点となるのは《百日草の庭》(1926年)。東京都(府)美術館の所蔵品第一号とされるこの作品は、長らく作者の詳細がわかりませんでした。

藤岡鉄太郎《百日草の庭》1926年 東京都現代美術館蔵

歴史に埋もれた個人の営みをすくい上げてきたリサーチ集団AHA!が、この絵の作者とされる「藤岡鉄太郎(かねたろう)」を調べるうちに、同姓同名(同字異音)の藤岡鉄太郎(てつたろう、1901-1982)という人物に辿りつきます。1927年に日本から地球のほぼ真裏、アルゼンチンのブエノスアイレスへ渡り、造園・花卉産業に従事したこの人物の足跡を、家族写真や現地取材の映像でたどっていく展示です。絵画と花と移民をめぐる100年の物語が、静かに立ち上がります。

《百日草の庭》リサーチ・プロジェクト資料:アルゼンチンの百合栽培施設内で撮影された藤岡鉄太郎と妹・房江の写真 1930年代頃 個人蔵
《百日草の庭》リサーチ・プロジェクト資料:アルゼンチンで撮影された藤岡鉄太郎家族写真 1930年代 個人蔵

調査の過程を一緒に追えるよう、資料や写真、説明の文章が配置され、一人の人物の人生を丁寧にひもといていきます。一枚の絵画が起点となって、地球の裏側で生きた人々の生活や絵画との関わりの物語が語られていく。まさにこの展覧会のテーマそのものがそこにはありました。

《百日草の庭》リサーチ・プロジェクト 撮影:松本篤(AHA!)
《百日草の庭》リサーチ・プロジェクト 撮影:松本篤(AHA!)

展示にあわせて公募した花の写真を元に、2027年の日めくりカレンダーも制作されるそうで、その写真も展示されていました。

展覧会をさらに楽しむ——関連トークと鑑賞プログラム

会期中は関連イベントも充実しています。トーク・シリーズでは、江上茂雄の次男で美術家の江上計太さんとデザイナーの尾中俊介さんが登壇する「江上茂雄を語る」(8月29日)、カルチュラル・ワーカーの清水チナツさんとAHA!の松本篤さんが自身の活動について語る「名もなき誰かの足跡をたどる」(9月5日)など、興味深いプログラムが予定されています。

18歳以下とその保護者が無料で入れる「キッズ+U18デー」(8月24日・事前申込不要)や、東京都美術館で活動するアート・コミュニケータ(とびラー)と対話しながら鑑賞できる「ダイアローグ・ナイト」など、ゆっくり味わうためのプログラムも。トークや一部プログラムは事前申込制のため、公式サイトで最新情報を確認してから出かけるのがおすすめです。

「この場所」から見えてくる100年を味わう

上野の美術館の100年、大牟田の一人の画家の100年、そしてブエノスアイレスに渡った移民の100年。まったく縁のなさそうな3つの土地の風景が、「この場所」という言葉のもとで静かに響き合います。美術館はどんな場所であってほしいのだろうか、そんな問いを持ち帰れる展覧会です。大英博物館の貴重な作品を鑑賞した後にも、ぜひ足を運んでみてください。

開催概要&アクセス

展覧会名:東京都美術館開館100周年記念 この場所の風景―上野・大牟田・ブエノスアイレス
会期:2026年7月23日(木)〜10月7日(水)
会場:東京都美術館 ギャラリーA・B・C
住所:東京都台東区上野公園8-36
開室時間:9:30〜17:30(金曜日は9:30〜20:00)※入室は閉室の30分前まで
休室日:月曜日 ※ただし9月21日(月・祝)は開室
観覧料:一般1,200円/65歳以上1,000円/学生・18歳以下無料
※同時期開催の特別展「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画」(東京都美術館)のチケット提示で、一般・65歳以上は「100円」(開館100周年記念料金)で観覧可

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鶴丸 明

ライター

アートの仕事に10年以上携わりながら、台東区の美術館・博物館・ギャラリーを日常的に巡っています。アートを「詳しい人のためのもの」にとどめず、初めての方でも気軽に楽しめる見どころや鑑賞のポイントを紹介。上野・御徒町・浅草エリアを中心に、展覧会レビューや美術館、カフェ、本屋などをつなぐ街歩き情報を発信します。
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