上野の森美術館|ファン・ゴッホ最晩年の傑作が来日!「シンシナティ美術館展」をレポート
ファン・ゴッホが生涯の最後の夏に描いた傑作《ポプラ林の中の二人》が、海を渡って上野にやってきました。アメリカ・オハイオ州のシンシナティ美術館は、1881年に創立されたアメリカでも長い歴史を誇る美術館で、市民の手で育まれてきた7万3千点を超えるコレクションを誇ります。
上野の森美術館で開催中の「シンシナティ美術館展~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~」では、そのシンシナティ美術館の誇る貴重なコレクションのなかから、コロー、セザンヌ、モネ、ルノワール、ファン・ゴッホ、ピカソらの作品84点が展示されています。そのうち81点が初来日という貴重な展覧会の見どころをレポートします。
シンシナティ美術館とは?——市民がつくり上げた「街の宝物」
シンシナティ美術館は、1881年に創立されたアメリカでもっとも古い美術館の一つです。一部の富豪の寄付だけでなく、「自分たちの街に本物の文化を根付かせたい」と願う市民たちが少しずつ資金を持ち寄って作り上げてきました。当時の市長が「市民による、市民のための贈り物」と呼んだように、その歩みは地域社会とともにあり、いまも続いています。
コレクションは西洋絵画からアメリカ彫刻、南アジア美術、日本の工芸まで7万3千点超。「芸術は全ての人のものである」という信念のもと入館無料を守り続けていることも、この美術館の大きな特徴です。今回来日した名作の多くは、20世紀半ばに地元の女性コレクターたちが寄贈したものだそうです。本展は、そんな“街の宝物”を日本で味わえるまたとない機会でもあります。
展覧会は「INTRODUCTION(序章)」から始まります。「The Artist」と題されたこの章では、芸術家が描いた芸術家の肖像が並びます。ここでは、古典主義からモダニズムへと移り変わる表現に注目です。シナールの古典主義的な彫刻から、モディリアーニの《マックス・ジャコブ》まで、表現が変化していくさまを感じ取ることができます。

近代美術の「教科書」のような構成 4つの流れでたどるヨーロッパ美術
本展は、19世紀から20世紀にかけてのヨーロッパ美術の流れを、「INTRODUCTION(序章)」「TRADITION(伝統)」「REVOLUTION(革命)」「MODERNISM(モダニズム)」という大きな流れに沿って紹介しています。ジェロームやブグローらのアカデミズムに始まり、コローらのバルビゾン派、伝統に挑んだクールベやセザンヌ、印象派、ポスト印象派、そしてピカソのキュビスムや表現主義へ。まさに近代美術の“教科書”をめくるように、様式の移り変わりを一続きで体感できます。
「TRADITION」の章では、フランスのアカデミズムに基づく伝統的な絵画を「アカデミー」というセクションで紹介します。レッシングやコンスタブルらの精緻な表現が見どころです。

19世紀には、フランスでコローやルソーらによって、風景画が描かれるようになっていきます。バルビゾン派と呼ばれた彼らは、自然のありのままの姿を描こうと試みました。自然の空気や光を感じさせる風景画が並びます。

そして、「レアリスム」と題したセクションでは、ミレーやブグローといった作家の作品が紹介されています。近代化や都市化が急激に進む19世紀のフランスで、労働者や農民の姿をありのままに描いた写実主義の作品は、懐かしさと実感に溢れたものだったのかもしれません。

「伝統」から「革命」へ、絵の見え方が変わる
「REVOLUTION(革命)」の章では、当時の美術界の常識に挑んだ画家たちの試みを見ていきます。ポール・セザンヌ《パンと卵のある静物》(1865年)は、形を簡略化し大胆なタッチで描かれています。その革新性ゆえか、1865年のサロンでは落選しました。2022年には、この絵の下に別の肖像画が描かれていたことが、調査で明らかになり、世界を驚かせた作品でもあります。

ギュスターヴ・クールベ《スイス、ヴヴェイの夕暮れ》(1874年)では、パレットナイフで描かれたごつごつした岩と、なめらかな空や水面との対比に目を向けてみてください。感覚的に捉えるこうした自然の捉え方が、やがてクロード・モネら印象派へとつながっていきます。

そして「印象派」のコーナーへ。モネの《べリールの岩場、ポール=ドモワ》(1886年)では、深い青と紫に散りばめられた黄色やピンクが、夕暮れ時の複雑な色彩に目を奪われる瞬間を伝えています。ピサロやシスレーの光や色彩を捉える独特な風景表現も目を見張ります。

ファン・ゴッホ最晩年の《ポプラ林の中の二人》
本展の目玉であるフィンセント・ファン・ゴッホ《ポプラ林の中の二人》(1890年)は、1890年7月に亡くなったファン・ゴッホが、生前最後に仕上げたとされる作品の一つです。弟テオへの手紙で「横1メートル、縦はわずか50センチ」と伝えた横長のキャンバスに、紫がかったポプラの幹が「柱」のように立ち並び、その間を二人の人物が歩きます。暗い紺碧の背景と、緑や黄、オレンジの下草との鮮烈な対比は、色を「自己を強く表現するために」使った画家ならではのものです。

このほか、ポール・ゴーギャンがタヒチで描いた《マハナ・マア》(1892年)、シュフネッケル《樹下の道》(1895年頃)など、同世代の画家たちの風景表現や、ファン・ゴッホの影響を感じられるブロックフーゼンの木々の描写なども注目したいところです。



モダニズムの巨匠たち
「MODERNISM(モダニズム)」の章では、パブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックなど、キュビスムや表現主義などの動向を代表する作品が並びます。フェルディナント・ホドラー《聖なる時間》(1907–1911年頃)は2メートルを超える大作で、その明るい色彩と実験的な表現は圧巻です。

シンシナティ美術館展をより楽しむためのポイント——音声ガイドやグッズも充実
より深く楽しむなら、俳優の瀬戸康史さんがナビゲーターを務める音声ガイド(700円)がおすすめです。全84点のうち19点の見どころや背景を、瀬戸さんの声で紹介してくれます。全作品を解説付きで収録した図録(3,000円)や、リラックマやすみっコぐらしとの限定コラボグッズ、オリジナルのスイーツ缶なども販売されており、鑑賞の記念にぴったりです。
会期中は無休で、年末年始も休まず開館しています。国立科学博物館の特別展「生きものたちの性」とセットになった「上野おとなりセット券」(チケットぴあ限定)を使えば、上野公園で美術と科学をはしごする一日も楽しめます。
上野で近代美術の流れをたどる
「ファン・ゴッホ、最晩年の傑作、来日」——その言葉どおり、ファン・ゴッホの晩年作を軸に、ヨーロッパ近代美術の大きな流れを一度に見渡せる展覧会となっています。市民の思いによってこれだけのコレクションが築かれてきたと思うと、その情熱に心を打たれます。シンシナティ美術館では現在、展示室の改修工事が進められています。こうして同館が誇る作品を日本で見られる、またとない機会です。ぜひ上野の森美術館で、近代美術をめぐる旅に出かけてみてはいかがでしょうか。
開催概要
展覧会名:シンシナティ美術館展~アメリカに渡ったヨーロッパの至宝~
会期:2026年10月10日(土)〜 2027年1月10日(日)
会場:上野の森美術館
住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2
開館時間:10:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで)※開館日、開館時間等は変更になる場合があります
休館日:会期中無休(12月31日、1月1日も開館)
観覧料(税込):一般 2,400円/高校・専門・大学生 1,500円/小・中学生 800円 ※2026年10月10日(土)〜10月31日(土)までの平日に限り大学生以下無料(証明できるものの提示が必要)。未就学児は無料(保護者同伴)。障がい者手帳等をお持ちの方とその付き添いの方1名までは当日料金の半額。日時指定予約は不要です。

鶴丸 明
ライター

