歴代の将軍が眠る場所上野の寛永寺「徳川家霊廟」について知ろう!
こんにちは、とくらです。
上野周辺には数多くの寺院や歴史ある建造物が存在していますね。
その中には、徳川家に深いつながりを持つものが多くあります。
徳川家と言えば、江戸時代の将軍家。
264年もの長きにわたり、征夷大将軍を世襲してきた家系です。
そんな徳川家歴代将軍の霊廟は実は数か所に分かれて存在しているのはご存じでしょうか?
寛永寺(台東区)、増上寺(港区)、日光東照宮(日光)、輪王寺大猷院霊廟(日光)という4か所に、歴代将軍の霊廟があるのです。
今回は、その中でも、上野の寛永寺にある徳川家霊廟についてご紹介します。
寛永寺
寛永寺は、正式には東叡山(とうえいざん)寛永寺という、台東区上野にある天台宗関東総本山の寺院です。
3代将軍の徳川家光が開山し、初代住職は天海、ご本尊は薬師如来で、秘仏とされています。
江戸での徳川家の菩提寺と言えば増上寺(港区)でしたが、寛永寺は新たに建立された寺院です。
江戸城の鬼門を守護するために創建されたと言われています。
増上寺が室町時代から存在しているとされているので、比較的新しいお寺ですね。
寛永寺の名称は、当時の年号「寛永」から取られています。
さて、もともと徳川家の菩提寺であった増上寺は、最初に3代将軍家光が「寛永寺で葬儀をしてほしい」という要望を出し、それから4代5代と続いて霊廟が作られ、菩提寺となったことに反発しています。
何となくその気持ちはわかりますよね。
確かに、ずっと菩提寺だったのに、突然出てきて菩提寺になるんかい!という気持ちだったのでしょう。
6代将軍の墓所が増上寺に作られると、以降は幕末期まで増上寺と寛永寺に交替で徳川将軍の墓所が作られることになりました。
じゃあ、変わりばんこにしよう!という取り決めをしたのかと思うと、少し可愛らしいエピソードにも思えます。
現在上野公園がある場所は、かつてはほとんどが寛永寺の境内でした。
何と、最も広い時には上野公園の2倍もの面積が寛永寺の土地だったというから驚きです。
それほどの規模を誇った寛永寺ですが、幕末の上野戦争、第2次世界大戦の戦火により大部分の建築を焼失しています。
戦火を免れた建築物は上野公園内に点在しており、現在でもその姿を見ることができます。
また、本堂の横には最後の将軍徳川慶喜が謹慎した建物もそのまま残っています。
遺品なども残されており、徳川家の初期から最後まで歴史を感じることのできるお寺です。
徳川家霊廟
寛永寺の墓地、徳川家霊廟には歴代15人の将軍のうち、6人が眠っています。
家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定の6人です。
寛永寺を開いた3代将軍の徳川家光の墓所は、実は日光の輪王寺大猷院霊廟。
葬儀をした後は日光に運んでほしいという遺言だったそうです。
家光は身に着けていたお守りに「二世権現」と書くなど、かなり祖父である家康を崇拝していたらしいので、同じ地で眠りたいという思いがあったのかもしれませんね。
現在では、厳有院(4代家綱)と常憲院(5代綱吉)の霊廟の大部分が戦災で焼失しており、焼け残った以下の建築物は、重要文化財に指定されています。
♦厳有院霊廟 勅額門、水盤舎、奥院唐門、奥院宝塔(浚明院(徳川家治)宝塔、文恭院(徳川家斉)宝塔) ♦常憲院霊廟 勅額門、水盤舎、奥院唐門、奥院宝塔(有徳院(徳川吉宗)宝塔、孝恭院(徳川家基)宝塔、温恭院(徳川家定)宝塔、天璋院(徳川家定正室)宝塔)
5代綱吉、8代吉宗、13代家定の墓所は北側の区域にあり、公開されていますが、4代家綱、10代家治、11代家斉の墓所は非公開になっています。
また、綱吉・吉宗・家定の墓所も公開されてはいますが、事前に書面での申し込みが必要となります。
10人以上のグループは事前に相談が必要となりますのでお気を付けください。
また、厳有院霊廟の勅額門だけなら外の道路から見ることができるので、ぜひチェックしてみてくださいね!
(※現在、この特別参拝は一時休止中となっています。)
この特別参拝に参加すると、3名の将軍だけでなく篤姫(13代家定の正室)の墓所もお坊さんの案内を聞きながらまわることができるそうです。
早く再開されると良いですね…!
徳川家定の墓と、正室篤姫の墓は二つ並んで寄り添うように建てられているそうです。
何だか素敵なようにも思えますが、二人の夫婦生活は2年にも満たない短い時間。
しかも政略結婚です。
果たしてそこに愛はあったのか?
死してなお一緒にいられるパートナーは素敵ですが、果たして二人は今どう思っているのでしょうか。
明治時代に亡くなった篤姫が徳川家の菩提寺で眠っているのは何だか不思議な印象もありますが、既に幕末だった家定の時代。
徳川の世がこのまま続かないこともまた分かっていたのでしょうか。
まさに一つの時代が終わろうとする中で起こった上野戦争の舞台となっていることも、何だかとても感慨深いものがあります。
寛永寺
住所:台東区上野桜木1丁目14-11
アクセス:JR京成線【鶯谷駅】徒歩2分、東西めぐりんバス【 寛永寺】下車徒歩4分
まとめ
さて、今回は寛永寺の徳川家霊廟についてご紹介しました。
上野~鶯谷にかけてその建物が点在する寛永寺。
現在でも全盛期の広大さがうかがえます。
現在は霊廟への参拝をすることはできませんが、様々な見どころがあります。
ぜひ、上野を歩く際には寛永寺の敷地についても意識してみてはいかがでしょうか。
きっとその広さに驚き、また、江戸時代のこの場所と寺院の影響について想像することができるはずです!
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