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【日本初】寄席を始めたのは実はアマチュア落語家!?寄席の始まりを大調査

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こんにちは、とくらです。

先日、実家の近くを歩いていると、偶然にも大学時代の先輩に出会いました。

まさかこんな偶然があるんだなあと驚いたものです。

何の用事だったのか尋ねると、どうやら近所の寄席に出ていたそう。

その先輩、大学時代落語研究会に入っていた人で、そのまま落語家の師匠に入門したとか。

私はお笑いは好きなのに落語は何だか敷居が高いような気がして中々寄席デビューができずにいます。

下町には寄席がたくさんあるのでいつでも行けるという気もするのですが、まずは予習をしてからでないと…という気持ちがあるんですよね…

詳しくないといけないことはないと思うのですが、どうも少し怖い…

台東区には現在も上野から浅草にかけて多くの寄席があります。

実は、台東区には「寄席発祥の地」という記念碑も建っているんですよ。

さて、今回は寄席の始まりと江戸の落語についてご紹介したいと思います!




寄席の始まり

そもそも寄席とは何を指すのでしょうか?

講談や落語、漫才や浪曲、手品などの演芸を観客に見せる建物のことを言うようです。

寄席では観客の入れ替えが無いことが多く、自由席で、チケットを購入して入場すれば一日中見ていられるというのが特徴です。

様々な種類の芸を見ることができて、非常にお得なシステムですよね。

現在では寄席と言えば落語のイメージが強いですが、手品や浄瑠璃などのいわゆる「お笑い」ではないカテゴリの演芸も楽しむことができます。

ちなみに、このような落語以外の演目は「色物」と呼ばれています。

寄席の始まりは、神社やお寺の境内の一角を借りて不定期に講談をしたことだと言われています。

しかし、落語を専門に聞かせるような寄席はなかったようです。

というのも、落語はそれまで身分の高い人に向けて少ない人数を相手に噺をするもの。

戦国時代に始まった「落咄」と呼ばれる、面白い落ちを付けて笑わせるというものが落語の源流だそうです。

当時は武将がお抱えの「お伽衆」と呼ばれる話をする人々を雇っていたとか。

寄席ができる以前の落語は非常に贅沢なものだったんですね。

日本で最初の寄席は江戸時代1798年、初代三笑亭可楽(京屋又五郎)が開いたものです。

京屋又五郎はもともと櫛職人でしたが、根っからの話好きで、それが高じて下谷神社の境内で一般の人から木戸銭を取り落語をすることになりました。

「風流浮世おとし噺」という看板を掲げ、5日間の興行を行ったそうです。

これが、寄席の始まりだと言われていますが、寄席を始めた京屋又五郎、なんと再び櫛職人に戻ってしまいます。

やはり噺家として身を建てるのは難しかったのでしょうか。

しかし、結局は落語家「三笑亭可楽」として再び寄席で落語(落とし噺)をすることになります。

この当時は本職として噺家をやっている人はおらず、素人がお座敷に一夜限りでお客を集めて話をするというのがメジャーな落語でした。

そのため、特定の場所でまとまった期間興行を行いお金を受け取る三笑亭可楽は江戸の職業噺家第一号でもあるのです。

落語というと、かなり古い職業のイメージでしたが、実は200年前までは職業として確立されたものではなかったんですね。

何だか意外な印象です。


江戸落語

三笑亭可楽の活躍により、江戸の庶民にも落語が広まっていきました。

文化・文政年間(1804年~1830年)には庶民の娯楽として落語が最盛期を迎えます。

1815年には75軒であった寄席も10年後の1825年には125軒へと増えました。

やはり、笑いは生活を豊かにするために欠かせません。

現代でもお笑いブームが何度も訪れますが、江戸でも落語を楽しむ文化が爆発的に広がったんですね。

この頃、「色物」と呼ばれる落語以外の演芸も盛んにおこなわれるようになりました。

当時寄席で行われるようになったのが、都都逸などの音楽を用いた演芸です。

芸人と呼ばれる人々の中には楽器を使う人が多くいますよね。

三味線を弾く人も多いイメージです。

この頃の寄席の流れを汲んでいるのかもしれません。

さて、その後水野忠邦が天保の改革を行ったことで寄席にも規制が入ってしまいます。

なんと1842年には、200軒あった江戸の寄席も15件に減ってしまったのです。

劇場が無いのでは芸人たちはどうしたのだろうかと心配になってしまいますが、水野忠邦失脚後はどんどん規制が緩んでいき、1855年頃には寄席の数も170軒へと回復。

江戸の落語文化は守られることになったのです。

寄席発祥の地碑

現在、寄席発祥の地の碑が建てられているのは、下谷稲荷明神社と呼ばれた下谷神社です。

下谷神社は日本最古の稲荷神社でもあり、一度訪れておきたいですね。

また、寄席発祥の地の碑以外にも、正岡子規の句碑などもあります。

寄席が始まったことで、現在は芸能のパワースポットでもあるそうですよ。

落語に限らず芸事をする方はぜひ三笑亭可楽にあやかりたいですね。

住所:東京都台東区東上野3-29-8

アクセス:銀座線【稲荷町駅】徒歩2分




まとめ

浅草には東洋館や浅草演芸ホールなどを筆頭に、演芸を楽しむことのできる施設がたくさんあります。

これは寄席の発祥が台東区であることも無関係ではないかもしれません。

寄席の始まりを知ったことで、なんだか少し敷居が低くなった気がします!

今週末には寄席を見に行くぞー!

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ライター紹介

とくらじゅん

イラストレーター・ライター

1991年生まれ。下町暮らしのフリーライター・イラストレーター。 妖怪イラスト、育児漫画、ADHDエッセイなどを書いています。
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