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【浅草橋】画家なのに力持ち?蒔絵師・柴田是真ってどんな人?

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こんにちは、とくらです。

最近ホントに、何でもできる人っているんだなあ、と感じるこの頃です。

さて、台東区には、今も昔も多くの文化人が居住しています。 落語家や演劇作家、芸人や画家、小説家など、幅広い文化人の住まいとなってきました。

また、寺院の多さから多くの有名人も眠る土地です。

さて、台東区にゆかりのある多くの文化人の中でも、今回は創作活動の拠点を台東区内に置いた蒔絵師、柴田是真についてご紹介します。




柴田是真

柴田是真(しばた ぜしん)は幕末から明治時代にかけて活躍した漆工家・絵師です。

11歳から蒔絵を学び、85歳で亡くなるまで絵を描き、蒔絵を作り続けました。

是真は、現在の日本橋周辺である、両国橘町に生まれます。

父は寺社仏閣などの装飾彫刻を施す宮彫師でした。

11歳になると印籠蒔絵師である古満寛哉に入門し、16歳からは鈴木南嶺に四条派の絵を学びました。

お父さんの仕事を見て自分もものづくりに携わる仕事がしたいと考えたのでしょうか。

絵の勉強を始めたのも、もとの絵が無くても自分で図案を作りたいという想いからだったようです。

クリエイター…!!!!

何かを作りたいと思った時に、「ここも自分でできたらな~」と考えるのはとてもまっとうな気がしますが、そこに思い至ったのが16歳というところ凄みを感じます

やはり後世にまでその名を残し、ジャンルに大きな影響を与えた人間はこのレベルの価値観を持っていなければならないんですね…

そして20歳になった頃、当時絶賛売り出し中であった歌川国芳は是真の絵に魅了され弟子入りしたとか…

是真はもちろん弟子入りを断りますが、国芳があまりに熱心なので結局は弟子にしたという逸話も。

絵を学び始めて4年で才能が爆発してしまっていますね。

しかし、是真の才能は「絵がめちゃくちゃ上手い」「蒔絵のセンスがすごかった」という点ではないかもしれません。

19歳のある日、浅草の東本願寺からの依頼で障壁画の構想を練っていました。

途中、おもてなしにお茶を出されましたが、是真は作法が分からないため焦ってしまってその時考えていた構想がほとんど飛んでしまったそうです。

この失敗から、なんと是真は宗徧流という流派の茶道家に入門してしまうのです。

行動力が尋常ではありません。

他にも是真は見聞を広めるため、20代のうちに歌学や国学、漢学を各分野の大家に学んでいます。

自分の仕事を良くしていくための圧倒的な行動力こそが是真の才能だったのではないでしょうか。

早くから絵師としても大成した是真でしたが、蒔絵師としての是真は、青海勘七が創始し、その代で途絶えてしまっていた青海波塗という技法を復興させ、更に青銅塗・四分一塗・鉄錆塗・砂張塗・紫檀塗・墨形塗という塗りを発明するなど、輪をかけて大活躍。

明治6年、ウィーン万国博覧会では「富士田子浦蒔絵額面」で進歩賞牌を受賞したのをはじめ、 国内外の博覧会・展覧会で高く評価をされることになりました。

これだけ絵画・細かな細工に優れた人物であれば、なんとなく痩せて顔色の悪い芸術家を想像してしまいますが、是真は非常に長身で、その体躯はまるで力士のようであったそうです。

力も強く、60㎏もある俵を軽々と持ち上げたり、大きな石を放り投げた後すぐに絵筆をとってもまるで指が震えることもない、など力持ちエピソードも残っています。

若くから多くを学び、老齢まで精力的な活動を続けるには、やはり強靭な肉体が必要だったのでしょうか。

是真は20代の後半から浅草上平右衛門町(現在の台東区浅草橋)に住居を移し、生涯ここに住み続けました。

1891年、85歳でその生涯を終えると、浅草今戸の称福寺に葬られました。

蒔絵

蒔絵とはご存じのように金属粉で美しく装飾された漆の工芸品です。

今ではおぼんや重箱に使われているイメージがある方も多いかもしれません。

蒔絵は奈良時代に制作された、正倉院宝物の「金銀鈿荘唐大刀」の鞘が源流だと言われています。

平安時代には貴族社会に重用され、調度品や寺院の装飾として発達していきました。

鎌倉時代に入ると、鎧や兜に用いるなど、蒔絵は貴族だけでなく武士にも愛されるようになりました。

大きく技術も向上し、室町時代には腕の良い蒔絵師は将軍に庇護を受け、華やかで豪華な蒔絵作品が生まれていきます。

奈良時代に始まり、鎌倉時代までは武士や貴族にもてはやされた蒔絵ですが、江戸時代には庶民の生活の中にも広まっていきました。

印籠や簪、櫛、帯どめなどの装飾品に取り入れられ、庶民の間でそのセンスを競ったといいます。

多くの蒔絵師が活躍し、多様な図柄を作り上げていったことで、「オシャレ」としての蒔絵が浸透していったんですね。

その図柄がどんどん増え、蒔絵師も増えていく中で、是真が自らの絵柄を作り出すために絵を学ぶことを選択したのは当然の流れだったのかもしれません。

庶民に広がっていったということは、結構気軽な工芸なのでは…と思い調べてみると、1作品を仕上げるのに数か月かかることも多くあるほど工程が多いということがわかりました。

金属粉を使って奥行きを表現するために、何度も何度も漆を塗っては乾かすという工程が必要になります。

また、作業自体も非常に緻密で繊細…

美しいものにはその美しさに見合うだけの手間がかけられているんです。

現在でも蒔絵を制作する方は活躍しており、アクセサリーや文具、生活用品、位牌、骨壺など多くの作品が作られています。

蒔絵の万年筆なんか使っていたらちょっと大人な感じがしますよね!




まとめ

これまでにも台東区にゆかりがある芸術家や偉人を紹介したことがありましたが、彼らに共通する学びとしては「やっぱり行動力って大事」という点に尽きる気がします。

常人とはかけ離れた行動力が成功を作り出しているのでしょう。

柴田是真にあやかりたいものです。

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ライター紹介

とくらじゅん

イラストレーター・ライター

1991年生まれ。下町暮らしのフリーライター・イラストレーター。 妖怪イラスト、育児漫画、ADHDエッセイなどを書いています。
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